センター長からのご挨拶

センター長の写真

こんにちは。

デイサービスセンター・たけちゃんち 代表の大嶺 自八朗(おおみね・じはちろう)です。

デイサービスセンター・たけちゃんち を立ち上げた原動力となったのは,私が生まれ育った,うるま市川崎区で 「近所の人たちが集まって,お茶を飲みながら会話を楽しむスペースを提供したい」という夢をかなえたいという一心からでした。

これはよくある,動機だと思われるかもしれませんが,その原点は私の亡くなった母の強い想いから始まっているのです。

私の亡くなった母は生前20余年地元の方々に「おいしい“沖縄家庭料理”」を提供していた大衆食堂(以下,大嶺食堂)を 営んでいました。当時の大嶺食堂のお客さんはお昼前後が最も多かったため,それ以外の時間は翌日の「仕込み」をしていました。 近所の方々は,その「仕込み」の空き時間を見計らってよく大嶺食堂に遊びに来ていた,近所の寄り所(くつろぎのスペース)でした。 お茶も,茶請けもたくさん用意し,毎日遅くまで笑い声が絶えない暖かな場所でした。私の母はこの場所と雰囲気がとても好きで, 生前私に「いつかこの場所に2階建てのアパートを建てて,その1階は大嶺食堂にして2階には仲の良い仲間や,困っている方々に 住んでもらって楽しく過ごすことが夢なんだ」とよく語ってくれました。

レイアウト崩れ対策(回り込みクリア)

しかし,様々な事情で母はその夢をかなえることができないまま亡くなりました。

私は母が亡くなった後,近所の人たちから「(母がなくなったため)みんなで集まって楽しくお茶を飲みながら おしゃべりできる場所がなくなってさびしいさー」とか,「(母が近所の人たちにも語っていた)あのアパートに 入居したかったさー」,また「あなたの母親(かあちゃん)が生きていた頃は楽しかったさー」という話を よく耳にすることがありました。

母がなくなって初めて,私は「母の想い」を実感し,いつか母の想いに応えたいといつも考えていました。

私は福祉大学を卒業以来,ずっと福祉関係の仕事に従事していました。

そんな働いている折,友人から「富山県にある施設で,赤ちゃんからお年寄りまで,障害を持っている人・そうでない人に 関係なく,ひとつ屋根の下で生活をしている“デイケアセンター”がある」という話を耳にしました。

私はその話を聞いた時,「母がずっと言っていた“あの夢のアパート”とそっくりだ」と感じました。 その瞬間から私は「デイサービスセンター」を立ち上げて,地域の方々に貢献したいと強く思うようになりました。

それから間もなく,勤めていた福祉関係の仕事を離れ,“あの富山県のデイケアセンターこのゆびとーまれ”にて 研修をさせてもらいました。帰沖後介護の専門学校へ通い、必要な資格を取得し,他のデイサービスで3年修業を積み、 ついに2010年10月に「デイサービスセンター・たけちゃんち」を立ち上げました。

早いもので設立3周年を迎えることができました。

そんな「デイサービスセンター・たけちゃんち」の名前の由来ですが,私の母「大嶺 竹子(おおみね・たけこ)」が夢見ていた 施設をなぞって,母の名前の「竹子(たけこ)」の「家」という意味で,「たけちゃんち」と名づけました。

「たけちゃんち」をイメージするマーク(ロゴ)も“たけのこ”をイメージして作成しました。

母の名前と,母の想いに恥じぬよう,私は地域の方々に「太陽のように周りのひとにエネルギー=笑顔を振りそそぐ存在となり、 スタッフと共に“たけちゃんち”に集まってくれる方々が笑顔いっぱいになれるような楽しい時間を提供すること」を全力で 実現し続けてまいります。

たけちゃんち ロゴ